製薬業界の基本を知る
学習の目的
この単元を完了すると、次のことができるようになります。
- 製薬業界が医療およびライフサイエンスにおいて果たす役割を定義する。
- 研究から市場投入までの医薬品開発ライフサイクルの概要を説明する。
- 製薬会社の主なビジネス目標を特定する。
- 製薬業界セクターにおける主要な用語と規制を定義する。
薬が必要なとき
大都市に住んでいれば、たとえ午前 2 時に薬が必要になっても 24 時間営業の薬局があるので安心です。ですが、郊外の小さな町に住んでいる場合は、このような薬局があるとは限りません。そのため、必要になる前に診療所で処方箋を出してもらい、薬を用意しておく必要があります。もし薬が切れてしまったら、薬局が開くのを朝まで待たなければなりません。
どこに住んでいようとも、ときには薬が必要になるでしょう。私たちは製薬業界に頼っているのです。製薬会社は、人々の健康向上に向けて医薬品や医療機器の研究開発と製造に取り組む、ライフサイエンス分野に属します。
また、医療業界は、製薬、医療提供者、支払者、メドテック、公衆衛生の 5 つの主要セクターで構成されています。病院や医師は医療提供者に含まれ、保険会社は支払者に当たります。メドテックには医療機器や医療技術のメーカーが含まれ、公衆衛生には政府機関や公的サービスが含まれます。このモジュールでは、特に製薬業界セクターに焦点を当てます。5 つのセクター全体の概要については、「The Healthcare and Life Sciences Industry: Quick Look (医療およびライフサイエンス業界: クイックルック)」をご覧ください。
では、犬の散歩代行を仕事にしている Alvin を例に、製薬業界がどのように関わるのかを見てみましょう。ある日、犬たちがリスを追いかけて走り出し、Alvin はリードに足を取られて転んでしまいます。Alvin は脚を骨折し、今は緊急外来で治療を受けています。そして鎮痛薬を処方してもらうのですが、この時点で Alvin にも製薬業界が関わってくることになります。

その鎮痛薬を処方する医師も、調剤する薬局も、製造する企業も、すべて医薬品エコシステムの一部です。
医薬品の開発ライフサイクル
製薬は何世紀にもわたって行われていますが、製薬業界の目的はずっと変わりません。それは病気の予防や治療に効果がある医薬品を発見、開発、製造して、市場に投入することです。現在、製薬業界では高度な科学技術を利用して、ワクチンから抗生物質、慢性疾患向けの医薬品に至るまで、さまざまな医薬品を生み出しています。
米国で Alvin が鎮痛薬を受け取る場合も、日本で子どもがワクチンを接種する場合も、フランスで高齢者が糖尿病を管理する場合も、製薬業界は人々の生活に関わっています。
ですが、これらの医薬品が患者のもとに届くまでには、長く複雑な道のりをたどります。このライフサイクルには多額の費用がかかるうえ、厳しく規制されており、高いリスクも伴います。通常、1 つの新薬を市場に投入するには 10 ~ 15 年かかり、費用は数十億ドルにのぼることもあります。数千もある新薬の候補のうち、承認を得られるのは 1 つだけかもしれません。
このプロセスの主なステージは次のとおりです。

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研究開発 (R&D): 科学者は有望な化合物を見つけ出して合成し、その後、安全性を確認するためにラボで試験します。ここは、製薬業界のイノベーションの中核です。
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臨床試験: 次に、新しい治療法を通常は段階ごとに人を対象に試験します。試験は少人数の安全確認グループから始まり、その後、有効性を確認して副作用を監視するために大規模なグループへと拡張して行きます。
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規制当局による審査: 米国食品医薬品局 (FDA) や欧州医薬品庁 (EMA) などの政府機関が、すべてのエビデンスを評価します。承認には数か月から数年かかることがあり、規制当局との詳細なやり取りが繰り返されます。
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商用展開とマーケティング: 医薬品の承認後、企業は大規模に製造して世界中に流通させ、医療提供者に向けて販売活動を行います。営業担当は適切な使用方法について医師に説明し、認められている場合はマーケティングキャンペーンによって認知度を高めます。
医薬品が発売されると、支払者が補償対象とするかどうかを判断し、医療提供者がいつ処方するかを決め、患者は使用方法の指示に従う必要があります。
これらの関係者については、次の単元で詳しく見ていきます。ここではまず、製薬会社の目的について学びましょう。
製薬会社が重視すること
研究開発、規制対応、マーケティング、営業といった部門をまたいで、すべての製薬会社には共通するビジネス目標があります。
- 有効な治療法がまだ確立されていない病気に対する新薬を生み出す。
- 品質基準と規制基準を満たす。
- 保険適用を実現し、患者が必要な治療を受けやすくする。
- 今後の研究開発につなげるために、事業として成功する。

これらの目標が医薬品ライフサイクル全体でどのように関わるのかを見ていきましょう。
R&D
研究開発段階では、現在は有効な治療法がない疾患や治療の選択肢が限られている病気に対して新しい治療法を発見することが目標です。開発中の候補薬全体はパイプラインと呼ばれ、まったく新しい候補薬は NME (新規化合物) と呼ばれます。有望な NME を含む強力なパイプラインであれば、少なくとも 1 つが成功する可能性が高まります。ですが、企業は量より質を重視します。可能性の低いプロジェクトでパイプラインを一杯にしたくないからです。
そのため、次のような化合物を優先します。
- まだ十分な治療法がない領域に応えられる。
- 既存の治療法より優れている、または新しい作用のしくみを持っている。
- 規制当局の承認が見込める。
医薬品開発には多額の費用がかかり、リスクも伴います。研究、試験、規制当局による審査を通して、何十億ドルもの投資が必要になることがあり、その過程で多くの失敗が発生することも珍しくありません。市場に投入されるアイデアはごく一部にすぎません。そのため、製薬会社は科学的な実現可能性、患者にもたらす利益、事業性を継続的に評価し、見込みの低いプログラムは打ち切ります。厳しく聞こえるかもしれませんが、そうすることで、安全性と有効性が高く、本当に価値のある医薬品に研究開発の労力を集中できます。ライフサイエンスにおいて、イノベーションで重要なのは量ではなくインパクトです。
臨床試験と規制当局による審査
臨床試験と規制当局の承認を通過するには、長い年月と莫大な予算がかかることがあります。そのため企業は、デジタルツールを活用して、対象となる患者をすばやく見つけて試験に登録し、世界各地で行われる試験を調整しながら、データを正確かつ効率的に収集しています。こうした取り組みの目的は、高い基準を維持しながら試験をより迅速かつ効果的に進め、有望な治療法を少しでも早く患者に届けることです。
規制当局による審査では、コンプライアンスが極めて重要です。企業は包括的なデータパッケージを提出し、各地域に固有のルールに従う必要があります。承認が遅れると、患者は待たされ、企業も収益を生み出せません。ここでは微妙なバランスが求められます。不要な遅れは避けつつも、安全性では決して妥協してはなりません。
商業展開とマーケティング
医薬品が承認されると、重点は、患者がその医薬品から恩恵を得られるようにすることへと移ります。製薬会社は複数の側面から取り組みます。
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医療従事者 (HCP) と連携する: 製薬会社は、医師、薬剤師、看護師に対して、その医薬品の利点、使用方法、安全性について情報を提供します。新薬をどのような場合にどのように使えば効果的かを医師が理解することで、その採用も進みます。
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支払者と連携する: 製薬会社は、保険会社や公的医療保険の関係機関と交渉して、その医薬品をフォーミュラリに収載してもらいます。フォーミュラリとは、保険が適用される医薬品の一覧です。たとえば、Alvin の鎮痛薬も、彼のプランで補償されるためにはフォーミュラリに収載されている必要があります。製薬会社は、その医薬品の臨床的価値と経済的価値を示さなければなりません。特に、政府が価格を規制していたり、費用対効果の調査を求めたりする国では、それが重要になります。
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患者を支援する: 処方箋どおりに薬を受け取った時点で、このプロセスが終わるわけではありません。多くの製薬会社は、患者が治療を開始し、継続できるように支援する患者サービスプログラムを提供しています。このプログラムには、看護師による相談窓口、注射トレーニング、自己負担支援、無料サンプル、疾患別の教育などが含まれます。
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サプライチェーンを管理する: 薬局、診療所、病院に医薬品を安定的に供給できるように、流通体制を整えることも製薬会社の責任です。
商業段階では、患者への利益とビジネスの持続可能性という製薬会社の目標が結び付きます。患者に本当に役立ち、価格も妥当な医薬品は、より広く使われるようになり、それが企業の収益につながるのです。最終的に、製薬会社は、得た利益だけでなく、患者の健康にもたらした成果によっても成功を測ります。
医薬品が患者に届くまで
Alvin の話に戻ると、脚の骨折で鎮痛薬を処方された時点で、製薬業界はすでに深く関わっていました。ある製薬会社がその医薬品を研究開発し、試験で安全性と有効性を確認して、規制当局の承認を取得していました。その医薬品は大量に製造され、Alvin を治療した医師に向けて情報提供も行われていました。舞台裏では、その製薬会社が Alvin の保険会社と連携して、その医薬品が彼のプランで保険適用されるようにしていたはずです。
こうして医薬品は、科学的な発見から実際の治療に至るまで、多くの段階を経て患者のもとに届けられます。そして、このプロセスは複雑ですが、すべてのステップは同じ結果を目指しています。それは、適切な治療を、適切な患者に、適切なタイミングで届けることです。
これが製薬会社の仕事のすべてではありませんが、基本を押さえるには十分です。次は、製薬会社が実際にどのような製品を生み出し、世界中の顧客やパートナーとどのように関わっているのかを見ていきましょう。