設計原則を使用して、持続可能な世界を構築する
学習の目的
この単元を完了すると、次のことができるようになります。
- 設計に持続可能性を組み込む原則を説明する。
- 持続可能な設計のベストプラクティスに従う。
グローバルコミュニティとして直面している課題の規模と複雑さには、圧倒されるものがあります。どこから始めればよいのか、どのように関わっていけばよいのか、仕事上でも個人的にも何をすればよいのか、といった疑問に答えるのは困難です。
設計原則は、このような疑問に答えるための手段であり、作業しているコンテキストがどのようなものであっても適応できるガイドラインとして機能します。
より持続可能な仕事をすることに関心のある設計者は、常に以下のことを追求する必要があります。
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明確なストーリーを伝え、抽象化しない。
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意図を持って設計し、結果を考慮する。
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商品ライフサイクル全体を設計し、ソース、用途、再利用を考慮する。
上記に原則を詳しく見ていきましょう。
明確なストーリーを伝え、抽象化しない
持続可能性の大半は、関係について意識することにあります。互いの関係、地球との関係、労働者と雇用主の関係、社会の持てる者と持たざる者の関係。多くの場合、このような関係の質と結果は完全には明らかになっていません。
気候変動の例を見てみましょう。科学者たちが気候変動のリスクに対する警告について緊急に対応するよう訴え始めた 1980 年代以降、世界は気候危機の原因となった温室効果ガス総量の 3 分の 2 を排出してきました。つまり、科学者のこのような警告を受けても、世界経済は問題の原因を 2 倍以上にしてしまったということです。
加速する CO2 排出率: 明確な科学的根拠と複数の国際条約があるにもかかわらず、炭素排出量は急激に増加している
グローバルコミュニティでは、科学的なデータに含まれるストーリーが科学者ではない人にも十分に理解できるような用語に翻訳されていません。大気、大量の CO2、排出量などの用語はすべて、日常生活では馴染みのない抽象的な用語であるため、理解するのが困難です。温暖化の度合いのような用語を、抽象的ではなく、身近な言葉にして、わかりやすくできないでしょうか? ホワイトペーパーの中の気候変動の科学を心に響く形で人々に届けることができないでしょうか?
幸運なことに、設計者はストーリーテラーです。ブランドは設計を使用して自分たちが何者であるかを伝えます。たとえば、自動車のプロファイルではその自動車の操作方法を伝え、ソフトウェアのインターフェースでは重要性の高い事項、重要性が低い事項、ユーザーが実行できることを伝えます。
設計は常に、ブランドとの関係を構築することの利点についてストーリーを伝えるものです。また、設計は商品やサービスの利点を伝えたり、ビジネスデータの背後にあるストーリーを明らかにしたりするために使用されるため、そういった商品が環境と商品を製造するコミュニティにどのような影響を与えているかを明らかにする上でも独自の位置付けにあります。明確なストーリーを伝えることで、以下が可能になります。
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リスクを現実化する。気候変動、地球規模での水危機、重要な環境規制、企業の社会貢献に対する消費者の要求の高まりなどは、すべての企業が直面するリスクです。このようなリスクは、ダッシュボードやレポート、製品ロードマップにどのように表されるのでしょうか? このようなリスクを、より目に付きやすくく、より現実的で、より関連性の高いものにするにはどうしたらよいでしょうか?
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関係を明らかにする。サプライチェーンには多くの人々やコミュニティが存在しますが、サプライチェーンの管理と追跡に使用するツールでは、大抵、サプライチェーン内の人々や場所を実際に目にすることはできません。組織のサプライチェーンに対する考え方を、抽象的な入力と出力から、プラスまたはマイナスの影響が及んでいる実際の人々と場所へと移行するにはどうしたらよいでしょうか?
明確なストーリーを伝え、抽象化しないようにする例として、以下を紹介します。
- Microsoft では、すべての予算作成とリソース調達の活動に炭素の価格を組み込んでいます。この社内料金は同社の再生可能エネルギーへの移行のための資金として使用されます。
- 「Black Lives Matter」というフレーズは、精度的な人種差別と警察による超法規的な暴力という複雑な課題に立ち向かい、シンプルな 3 つの単語で問題とソリューションの両方を示している例です。
- 企業がサプライチェーンの社会的影響と環境的影響を軽減するために NGO と提携する場合、政治的な行動意志を創出するために、企業の経営陣をサプライチェーンの拠点に実際に連れて行き、皆伐された森林、空になった貯水池、非人道的な労働条件などを直接見てもらうことが計画されます。
意図を持って設計し、結果を考慮する
意図は設計の中心に位置しています。この意図によって、効率的で快適な商品と、コストを最小限に抑えることを重視して設計され、ユーザーのニーズに配慮していない商品の違いが決まります。設計を尊重している企業は、優れた設計がユーザーエクスペリエンス、商品、サービスにもたらす思慮に富んだ意図が、顧客にとってより効果的で喜ばしく、有意義な関係につながることを理解しています。
持続可能性のための設計では、この同じ意図がエンドカスタマーだけでなく、より広い範囲の人間関係で機能し、設計時に行う選択がもたらす結果が考慮されます。
意図を持って設計する場合は、以下の点に注意してください。
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結果を精査する。設計した商品は顧客とだけ接点があり、その設計がもたらす結果はその顧客を対象にして設計した範囲内でのみ影響すると考えられがちです。ですが、結果についてはもっと広範囲に考え、顧客以外の影響が及ぶ人々や場所も含めることが重要です。作られるものはすべて、それを作る際に手伝ってくれる人々やその人々が生活し、働くコミュニティや場所との Web 上の関係から生まれます。このような関係に与える影響をより広い範囲で考慮するには、設計プロセスで Consequence Scanning という簡単なツールを使用して実行できます。これは、アジャイル開発プロセスの中で重要な活動として注目が高まっている活動です。設計プロセスの重要なフェーズで、チームに以下を問いかけてみてください。
- この商品や機能がもたらす意図した結果と意図しない結果は何か?
- 顧客とビジネスのために増強したいプラスの結果は何か?
- 顧客にとって否定的な結果を予測することができるか? 設計が顧客以外の人々 (または場所) に及ぼす結果として、予想できる否定的な結果は何か? それを軽減する方法は何か?
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株主だけでなく、すべての関係者について考える。商品もユーザーも生態系の一部であると考えます。商品の材料は世界のどの地域から来ているのか? 物理的であるかデジタルであるかにかかわらず、どのような人々やコミュニティが生産プロセスの一部を担っているのか? その人々や場所に対して、どのような責任があるか? 設計を使用して、顧客のニーズと他の関係者のニーズの両方にどのように対応できるか?
意図を持って設計し、結果を考慮する例としては、以下のものがあります。
- 偽情報が指数関数的に広がるという結果を考慮していたら、ソーシャルメディアの時代が始まったときに、どのような設計上の意思決定が行われていたかを想像します。
- 言うまでもなく、第 4 次産業革命 (物理的、デジタル、生物学的な各世界の境界が曖昧になること) は、意図しない結果をもたらす可能性で溢れています。たとえば、プライバシーの侵害、情報格差の経済的影響を悪化させる機会の急増、操作しているシステムをユーザーが理解しにくくなるほど複雑さが指数関数的に増し、それが原因で情報に基づかない意思決定を行ってしまうことなどが挙げられます。
- 株主だけでなく関係者に配慮した取り組みには、Gravity Payments の CEO である Dan Price が自らの給与を削減し、同社の全従業員の給与を生活賃金まで引き上げたことが含まれます (多くの従業員の給与は 3 万ドルから 5 万ドルに増加し、2024 年までに 7 万ドルにすることを目標としています)。または、企業や富裕層が、収入源である国に投資するために、より高い税率を求めるロビー活動を行うことも含まれます。
商品ライフサイクルの設計: ソース、用途、再利用を考慮する
商品は、コアユーザーに始まり、コアユーザーに終わるものではありません。これは皆さんにも言えることです。ユーザーに購入やビジネス上の意思決定をしてもらうことだけを重視するのは簡単ですが、これからはそれだけでは十分ではありません。私たちは、商品やサービスには使用される前と後の両方で影響力があることを知っています。また、ビジネスをより持続可能なものにするためには、このような影響が反映される関係が重要であることもわかっています。
そのため、設計者だけでなく、私たちが働く企業もサプライチェーンの拠点や商品の使用の終了後に与える影響を考慮することが重要です。
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ジャーニーマップを拡張する。顧客向けのジャーニーマップを作成します。一般的には、このジャーニーマップは購入前や検討の時点から始まり、購入して使用した時点で終了します。そのマップを拡張したらどうなるでしょうか? 設計した商品やエクスペリエンスを再利用したり、寿命を延長したりできるフェーズはありますか? 商品はどのように廃棄されますか? できる限り簡単かつ効果的にリサイクルできるようにするには、どのように設計すればよいですか? または、まったく廃棄されずに、返却されたり、再利用されたりするとしたらどうなりますか? さらに、ジャーニーマップを確認しながら、「このジャーニー全体を通して、廃棄物や環境への影響を最小限に抑えるにはどうしたらよいか?」とチームに問いかけてみてください。
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持続可能性を商品パラメーターにする。話題に取り上げるだけで、設計チームや商品チーム内で新しい考えが生まれ、アイデアが湧き、設計者が問題解決できるようになります。これは、ビジネスパラメーターにも同じことが当てはまります。設計のビジネス目標を議論する際には、会社やクライアントの持続可能性目標と照合します。その目標を設計でサポートする機会を探しましょう。
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森林を手本にする。野生の場所には無駄はありません。森林は、入力と出力をさまざま目的のために使用する循環システムです。「気候変動対策のための樹木」トレイルを完了した方は、樹木が成長する過程で、土壌の健康を維持し、大気中の CO2 を取り込み、粒子状物質汚染を浄化することを理解していると思います。湿地は、自然の廃棄物を養分として利用することで、そこを流れる水を処理します。森林のように設計を行ったら、どのようになるでしょうか? それを目指してください。同時に、この 10 年以内に 1 兆本の樹木を保全と再生するという 1t.org のミッションに自身の会社を参加させてください。これより、日陰を作り、生物多様性を向上させ、空気を浄化し、土壌浸食を防ぎ、水をきれいにして、コミュニティに優雅さと美しさをもたらしながら、大気中の炭素排出を削減できるようにしましょう。
商品ライフサイクルの設計の例として、以下のものがあります。
- Prana は、他の 50 社を超える企業とともに Responsible Packaging Movement (責任ある梱包運動) を立ち上げ、2021 年までに消費者包装からすべてのプラスチックを取り除くことを約束しました。
- Misfit Market や Imperfect Foods などの規格外の農産物を扱う企業の台頭により、傷のある農産物が直接消費者に届けられるようになり、食品廃棄物が削減されています。
- 欧州連合の Take Back Law (回収法) と Producer Responsibility Law (生産者責任法) は、小売店における消費者向け商品包装のリサイクル率を飛躍的に高め、家庭用電子廃棄物を削減しました。
まとめ
このモジュールでは、ビジネスと社会との関係を定義することが歴史上のリーダーにとって長年の課題であったことを学習しました。リーダーたちは、どのような関係を優先すべきか、またどのように関係を定義すべきかについて、社会の規範を変えようとしてきました。設計者の間では、自分たちの役割ですべきことはコアユーザーとの直接的な関係のためだけに設計することなのか、それともより広い範囲の一連の関係に与える設計の影響を考慮することなのか、という疑問の声が増えてきています。
持続可能性では、企業、株主、従業員、パートナー、コミュニティ、環境にとっての利点のバランスを取ることが求められます。
企業がこのようなすべての関係者に対する責任をバランスよく果たすためには、早急に取り組むべき課題があることが次第に明らかになってきました。効果的な設計、すなわちリレーションシップ設計はこの作業の中心に位置しています。
このモジュールでは、持続可能な設計の原則を作業に適用するために使用できる例と演習を紹介します。設計者はチャレンジ精神が旺盛です。皆さんが何を達成できるのか、とても楽しみにしています。
リソース
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外部サイト: Salesforce の Rob Katz が紹介する Consequence Scanning ワークショップの実施方法
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外部サイト: Climate Lab Book creative visualizations of climate change data (Climate Lab Book の気候変動データのクリエイティブな視覚化)
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外部サイト: Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC) emissions scenarios (気候変動に関する政府間パネル (IPCC) の排出量シナリオ)
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外部サイト: Documentation of the fossil fuel industry’s climate change denial campaigns (化石燃料産業による気候変動の否定キャンペーンに関するドキュメント)
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外部サイト: Internal and shadow carbon pricing (内部および影の炭素価格付け)